
『午後の光線』感想・考察|痛いけど美しい、喪失と再生のネタバレ解説
アメトーークで話題に|南寝(作者)による漫画『午後の光線』と出版社情報
2025年2月放送の『アメトーーク!マンガ大好き芸人』でハライチ岩井勇気さんが熱く推薦したことで注目された一冊、南寝(なみね)先生の『午後の光線』。
本作はKADOKAWAのカドコミレーベルから刊行され、全1巻・274ページ。短編ながらもその密度と余韻の深さは、まるで純文学を一冊読んだかのような衝撃を残します。
漫画『午後の光線』のあらすじ|村瀬と淀井、ふたりの痛みが交わるとき
中学生の村瀬は、解剖実験でカエルを見たときに性的興奮を覚えてしまい、そのことが周囲に露見して孤立してしまいます。
そんな彼に静かに寄り添うのが、もう一人の少年 淀井。彼もまた家庭内のストレスや抑圧を抱えて生きています。
午後の教室に差し込む光の中で、彼らは自分たちの傷や秘密を少しずつさらけ出していきます。
淡い光とともに結ばれるようなふたりの時間は、優しさと切なさが同居する静かな物語へと変わっていきます。
キャラクター考察|淀井という存在とその役割
冷静で知的な印象の淀井。しかしその内側には、「誰かを救うことでしか自分の存在意義を見出せない」という歪んだ救済欲求があります。
村瀬の異常性を拒絶せずに受け入れる姿は一見すると優しさですが、それは自己肯定のための行為でもあり、ふたりの関係は次第に共依存へと傾いていきます。
- 淀井:誰かを救いたい気持ちが強すぎる
- 村瀬:受け入れてくれる存在への依存が加速
結末ネタバレ解説|事故死・乳歯・そして再生の象徴
終盤、淀井は事故によって命を落とすという唐突かつ静かな終わりを迎えます。その後、村瀬は彼の乳歯を大切にポケットへ忍ばせ、前を向こうとします。
この乳歯は、子ども時代・過去の痛み・もう戻らない時間を象徴する存在であり、村瀬が“死”ではなく“生”を選んだことの証でもあります。
喪失を受け入れたうえで、それでもなお生きていく。その覚悟こそが、再生の第一歩。
読後感と感想|痛いけど美しい、まるで純文学のような読書体験
本作を読み終えたあと、まず心に広がるのは「重い」けれど「静かに美しい」という矛盾した感覚です。
登場人物の台詞や表情は極めて少なく、派手な展開も皆無。それなのに、感情の波紋がじわじわと胸に広がっていきます。まるで芥川や太宰の小説を読んだあとのような、余韻と沈黙に満たされる読書体験。
「涙は出ない。でも、なにかが確かに揺さぶられた」──そんな声が多いのも納得です。
読者レビューと評価|漫画という形式を超える文学的な魅力
- 「心のどこかにある黒い部分をそっと撫でられた気がする」
- 「重くて、読後に動けなくなった」
- 「BLともいえるけど、それだけでは語れない関係性が美しい」
SNSやレビューサイトでは、評価★4〜5の高評価が多数。一方で「読んでしんどくなった」「万人向けではない」といった声もあり、賛否が分かれる作品でもあります。
タイトル『午後の光線』の意味を考察
「午後」とは、一日の終わりに差しかかる時間であり、少年期=人生の午後を象徴しているようにも感じられます。
そして「光線」は、ただの光ではなく、「斜めに差し込む、かすかな光」。それは救いであり、残照であり、決してはっきりとは照らしてくれないけれど、確かにそこにある何かを示しています。
『午後の光線』というタイトルは、終わりと再生、希望と喪失をすべて内包した見事な比喩なのです。
まとめ|『午後の光線』は誰に刺さる漫画か?
明るくて前向きなストーリーを求める人には、正直おすすめできません。ですが──
・痛みに寄り添いたい人
・思春期の心理を深く読み解きたい人
・BL的な関係性に興味があるが、それを超えた人間描写を求めている人
そんな読者にとっては、人生のどこかで忘れていた何かを呼び起こすような、静かな一冊になるはずです。
痛い、けど美しい。
──そんな読後感を、ぜひ味わってみてください。